<   2009年 10月 ( 6 )   > この月の画像一覧

                        【   宇治・白山神社へ   】

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   平等院から一山越えた白川は藤原頼通が山荘を儲けたところといわれ
   頼通の女・四条宮寛子はここに地を相して康和4年(1102)金色院を造営した。
   
   白山神社は鎌倉時代、久安2年(1146)に創建された金色院の鎮守社である。
   本殿は一間社流造桧皮葺。
   拝殿(重文)は宇治離宮の遺構といわれ方三間単層四注造茅葺。


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   宇治川沿い、白川への入口に「蛍塚」と頼政の歌碑があります。
     「蛍合戦由来記」
   平家打倒の夢も空しく冶承4年(1180)の5月平等院境内で無念の最期を遂げた
   源頼政と同志の武者たちの亡魂が蛍と化して挑み合うと伝えられ、「宇治の蛍合戦」と
   呼ばれている。
        いさやその 蛍の数は知らねとも  
                玉江の芦の  みこまぬ葉そなき     頼政


    ハイキングの途中で・・・
   「ヒヨドリジョウゴ」の赤い実
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   「サザンカ」が咲き始めました。
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   「ミゾゾバ」
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   「アカタテハ」
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   「ウラギンシジミ♀」
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   宇治川には「カルガモ」
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   「イソシギ?」
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   少し色ずいてきました。
   「南京ハゼ」
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   「イロハカエデ」
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      ********************

   11月1日・3日まで「宇治十帖スタンプラリー」中です。
   11キロほどのハイキングは少し疲れましたが楽しい一日でした。
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   明日は「平安ロマンの夕べ」と題して 白山神社周辺で
   「茶香服」「宇治田楽」「金色院万灯ろう」などのイベントが
   予定されていますが、お天気がちょっと心配です。


   
   
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by shelly80 | 2009-10-31 22:59 | 京都

                           【   冬鳥の季節が・・・   】

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       鴨川にも冬鳥たちの姿が見られるようになってきた。


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       「オナガガモ」もユーラシア北部・北米からやってくる。
       まだ羽の色ははっきりしていない。




       「ヒドリガモ」の群れ
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       「イソシギ」は本州中部以北から越冬のため冬、南下してくる。
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       鴨川に秋の日差しが心地よく留鳥ものんびりと餌を探しています。
       
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       「コサギ」
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       「ダイサギ」
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       「ハクセキレイ」(幼鳥?)
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       「カルガモ」
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       「トビ」は悠然と空から餌をさがしています。



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       水辺には「ミゾソバ」の花が秋の日差しを浴びていました。
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by shelly80 | 2009-10-26 22:22 |

                      【  Ladies Chorus  Concert  】


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     爽やかな秋晴れの一日、京都コンサートホール(ムラタ)に作曲・指揮にご活躍の
     鈴木憲夫先生を迎え京都の女声コーラス10団体が集いました。
     お互いに聴き合いその後、鈴木先生のご指導でご自身が作曲され、坂村真民氏作詞の
     女声合唱組曲「二度とない人生だから」の中4曲を指導していただきました。
     さすがにご自身の作曲の曲とあって仕上げ方が的確でわかりやすくユーモアを交えながら
     2時間ほどで あらかた仕上げることができました。

  
      「二度とない人生だから」より

     二度とない人生だから 一輪の花にも 無限の愛を そそいでゆこう
     一羽の鳥の声にも 無心の耳を かたむけてゆこう

     二度とない人生だから 一匹のこおろぎでも ふみころさないように こころしてゆこう    
         どんなにか よろこぶことだろう

     二度とない人生だから 一ぺんでも多く 便りをしよう
     返事は必ず 書くことにしよう

     二度とない人生だから まず一番身近な者たちに できるだけのことをしよう
     貧しいけれど こころ豊かに接してゆこう

     二度とない人生だから つゆくさのつゆにも めぐりあいのふしぎを思い
     足をとどめてみつめてゆこう

     二度とない人生だから のぼる日沈む日 まるい月かけてゆく月
     四季それぞれの 星々の光にふれて わがこころを あらいきよめてゆこう・・・・・




          

     
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by shelly80 | 2009-10-22 22:52 | その他

                     【   「 若冲ワンダーランド 展」へ    】

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     市街から離れ、深い緑に囲まれた山中にあるMIHO MUSEUMは、山の尾根と尾根とを
     トンネルと橋で渡すことと、 樹影の濃い斜面に建物を埋設させることで、可能な限り自然を残し、
     周辺の景観との調和をはかっています。
     建築容積の約80パーセントが地下に埋設された設計は、設計者I.M.ペイ氏が理想郷としての
     ランドスケープをここに作り上げようとする意図がうかがえます。


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     伊藤若冲は江戸中期の絵師で、独自の画風を確立し、細密な写生画や奔放な
     水彩画を多く残しています。その作品は現代人の感性、美意識にも響きあい、
     近年特に注目を集めています。
     若冲の「寒山拾得図」などのユーモアのある作品とリアリティーに根ざした精密な
     動植物の作品などと自由自在にうまく調合され小気味よく受け入れられます。

     今回、2008年北陸地方でその存在が確認された「象と鯨図屏風」も
     展示されています。

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by shelly80 | 2009-10-15 22:24 | その他

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       映画「剣岳・点の記」
          「新田次郎」原作・「木村大作」監督  を見ました。
       
    明治年間に日本の山のほとんど(宗教登山で開山された山を除く)が陸地測量隊によって
    初登頂がなされています。そして、最後に残された山は、弘法大師がワラジ3000足を
    使っても登れなかったという「剱岳」。
    その最後の山に日本山岳会の小島烏水(うすい)が初登頂をするというので、そこで山岳会
    より先に測量隊の旗を立てなければ陸地測量部の恥であるということから、剱岳登頂を命じ
    られた柴崎測量官が未踏の山「剱岳」に挑戦をすることになりました。
    しかし、いくどもの挫折を乗り越え、決死の覚悟でやっと剱岳に初登頂したら、そこにはすでに
    奈良朝時代の錫杖の頭と剣があったという。
    日本の宗教登山の歴史を垣間見た遺物だった・・・・
              新田次郎著 「剣岳(点の記)」より・・・ 

    「点の記」とは三角点設定の記録。
    柴崎芳太郎は長次郎雪渓をつめて山頂に立つのであるが、重い三角点標石や覘標の
    荷揚げは土台無理な登攀ルートゆえに、三等三角点の埋定は不可能であった。
    そこで彼に残された選択視はただひとつ。
    三等三角点網を補完する四等三角点の撰点である。これは測量が行われる際に一時的に
    撰点され、標石も埋められないものだった。そして四等三角点の剣岳が「点の記」として
    記録に残ることはなかったのである。

    柴崎らは周辺の山からの観測によって山頂の独立標高点(現在の「標高点」)を2998mと
    計算したが、その後の測量により3003mとされた時期もあった。2004年になってようやく
    三等三角点が設置され、GPS測量により三等三角点「剱岳」の標高2997.07mと剱岳の
    最高標高2999m(2998.6mを四捨五入)が求められた。
    


          ********************

  当時の測量技術でこれだけ正確な数値を出せたことに感銘をうけました。 
  私は1996年の夏 「剣岳」に登りました。
  「剣小屋」に泊まり、ゆっくり風呂にも入り、空荷で前剣を通り剣頂上へ。
  険しい岩場・鎖場と続きましたが、明治の登山とは比べものにもならない整備されたルート。
  お天気にも恵まれ素晴らしい眺望が望めました。
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       「カニの横ばい」


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       「別山乗越からの剣岳」



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       「大日小屋」から夕陽に染まる剣岳




     あらためて先人の功績の素晴らしさ、それに至る道のりの厳しさが山案内人・測量官役ら
     俳優の迫真の演技で ひしひしと伝わってきて素晴らしい映画でした。





       
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by shelly80 | 2009-10-10 17:21 | その他

                     【    月見の茶会      】

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      掛軸    「大道透長安」        趙州従しん禅師の言葉
                         
          (だいどう長安にとおる)
         ここでの長安とは悟りの世界・大安心の境地のこと。
         この世の人一人ひとりにその道は常に開けて、それぞれに歩む人生は
         違っても "いま・ここ" 自分の目の前にこそ、その世界への入り口があるの意味。



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        売茶翁の茶合                          跳兎のお菓子
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       珍しい紅茶のお茶席も お菓子は「マカロン」

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     方丈の茶席の掛軸は「月下雁来図」 雁が羽を休めるようにと亭主の心遣いの芦が添えられ・・・。
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      幾行南陣挑雲去
      萬里西風叫月初      翠石  藤赤

         遠い行程を南へと陣列を組んで雲に挑むかのように
         啼き叫び初めている
         
         先日、能登川の「猪子山」に(タカの渡り)を見に行きましたが
         はるばる旅をして渡ってくる鳥たちを想いました。




     六時からは「献茶式」が始まりました。
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     振り向くと十五夜の月が          d0099420_23262666.jpg   
        優しく見守っていました・・・。
     
              「月白風清」    蘇東坡
                                
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by shelly80 | 2009-10-03 23:22 | 京都